
画と肉体を一体化させる
井上は、「画(筆)と肉体を一体化させる」というチャレンジをしている。それは少し前から会うごとに井上が口にしていたことである。
『バガボンド』の連載執筆の過程で、描くための道具として井上は、ある時点から筆を多用し始め、途中から完全に筆だけで描くようになった。「たぶん、宍戸梅軒との闘いの辺りから筆の割合が格段に増え、小次郎編からはすっかり筆だけになりました」と井上は述懐している。
また、いつからか下書きの段階で、井上は常に裸の肉体から人間を描き始めるようになった。どういうことかというと、たとえば刀を持った武蔵を描く場合、まず裸の武蔵が刀を持った絵を描くのだ。そして、衣服を着せていく。なぜそんな面倒なことをと思うが、でも考えてみれば誰であれ最初は裸なのだ。人は裸の上に衣服を着るのである。油絵画家のヌード素描と同じで、裸=肉体を描くのは絵画の基本である。漫画家である井上はいつしか画家のように漫画を描いている。この描き方について井上は、「肉体の動きを正しくつかみたいし、見きわめたいので」と説明する。「そのような描き方になることは、当然の成り行きだった」。
井上は、武蔵や小次郎が構えるとき、闘うとき、その重たそうな和服の下で肉体がどのような状態になっているのかをきちんと把握してからでないと、正しく描けないのだろう。なるほど、と思う。しかしこれは、かなりストイックな行為だ。井上はこう語る。
「たとえば僕自身が剣術を身につけ、その知識を得れば、その上で正しく筆を使えれば、もっと高いレベルで武蔵の闘いの画が描けるかもしれない。だから今、そういった肉体的トライをしてみたい」