
物語が終わる時に向けて
「本来は、シンプルなロードムービーをやるはずだったんですけれどね」と井上は言う。「初心はロードムービーとしての武蔵でした。大きな旅の漫画を描こうとしていたんです。ところが、どうしてもひとつの方角にガーッと入っていってしまう傾向が自分にはあるんですよね。僕にはロードムービー的な展開は向いてないんでしょうね。動きがない、というか、留まってじっくり考える、という感じになっちゃうんです。気軽なグルーヴではどうも僕は描けないようです」
そして、井上ははっきりこう言った。「自分の中では、『バガボンド』はあと1年半から2年で終わると思っています」
宍戸梅軒との闘いを終え、吉岡清十郎を斬り、祇園藤次を斬り、吉岡伝七郎を斬り、武蔵にとって対峙すべき強敵はもう、佐々木小次郎しか残されていない。井上は、そのライバル佐々木小次郎を、驚くべきことに赤ん坊の時代から描いてみせ、読者に小次郎への強いシンパシーを持たせることに成功した。その小次郎もまた、関ヶ原合戦直後の農民や落ち武者、野武士たちとの荒々しい闘いや、定近、市三、巨雲らとの死闘の中での「心の対話」を経験して、もはや生死をかけて闘える相手は宮本武蔵のみとなっていることを読者は知っている。
そう、描くべき世界はもう限られている。井上は、あとはそれをどのように描くのか、ということにおいて模索している。悩み苦しんでいると言ってもいい。なぜなら井上雄彦は、プロの漫画家としてこの作品を全うするということ以上に、今や自分のこれまでの人生をかけた挑戦として、この作品をひとつの極みにまで昇華させたい、そう考えているからだ。